妄々録拾穂抄

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神、空に知ろしめす、なべて世は事もなし。本当に?――木古おうみ『領怪神犯』

 

困ったときの神頼み。ただ神もお願いを叶えてくれるだけの人に都合のいいモノばかりではない。

どこにもそこにもいろいろな神がいるという日本的な感覚からちょっと踏み込んでみると、果たしてそれらはいずれが善なのか、悪なのか?

空からただ身体の一部が降ってくるもの、水底に沈んだ村の跡地で佇むだけのもの、因縁因果の不整合を繕うように禍福をもたらすもの、あるいはただひっそりと誰にも知られずそこに……、道端に祀られる神でさえそれがどんな恩寵をもたらしてくれる神なのか、本来神とは人知の範囲ですべてを合理的に理解することは難しい。

そんな神々が人間世界にもたらす奇跡や厄災を「領怪神犯」と言う、というのが本作の出発である。

コンセプトはローカルな風習を実践している村*1と土地の人間に影響を与える土着の神。

土地の人間にとっては恩恵を与えてくれるありがたいものかもしれないが、他から見ればまったく奇妙でときには異界から来た化け物のように人に害を為すものかもしれない。土地の人間も実はそれをわかって閉じた世界を作っているのでは?

神の権能が縋った人間を歪めていくのか、それとも「鰯の頭も信心から」とあるように人間の信心が神の在り方を変貌させるのか……、自然現象的な”神”への了解しきれない畏怖や疑問、あるいはやっぱり人間が怖いのではという卑近な薄気味悪さがないまぜになって本作の世界観は形作られている。

とは言っても湿気たっぷりのおどろおどろしさはなく、文章も軽いので読み口はだいぶライトだ。分量も200ページ少しくらいの厚さしかない。*2

毎話怪談の語りのように物語は始まり、領怪神犯特別調査部に所属する主人公の2人――片岸と宮木のコンビが実態を調査するために訪れてみると実は……というフォーマットで紡がれる連作短編なので身構えずにさらっと読んでいける。元は小説投稿サイトカクヨムに連載されていて本巻にあたるのはweb版の第一部。先ごろ本筋の締めになる第三部も完結した。

登場する神々はどれも善悪の判別がしきれないものだが、調査の蓋を開ければ表向きの印象とは違って問題は見つかるしひとつ違えば命を失いかねない危難も振りかかる。ただ基本的に主人公らは調査と記録が本分であって、よほどの成り行きにならない限り出来事の”解決”は行わない。人々を神の理法の下から引き剥がすこともなく、習俗や神そのものに翻弄されるだけであくまで彼らは外部からの観察者なのである。

ただやはり主人公たちにも世界の在りようは関係していて、作品全体の大きな流れの中で身上に深く関わってくる点でただの外部者というわけでもない。ついでに読者も作中世界への引っかかりを覚えながら読み進めることになるだろう。

人が何をしようとも神は常にそこにいる。手出しをしなければローカルな秩序は維持され何も変化は起こらない。そこらへんが普通の民俗ホラーを期待する人や事件のスッキリした解決を好む人には不完全燃焼になるかもしれないが、なぜ領怪神犯という現象が存在して彼らは調査と記録しかしないのかというのは、実は次巻(第二部)及び4月末発売の次々巻(第三部)で明かされる世界観の謎に引き継がれていくので、そこはお楽しみとして続刊も手にとってほしい。

というわけで

・SCPのような得体の知れない怪異の形式が好きな方。

・土着の習俗によって起きる民俗学ホラーテイストの雰囲気が好きな方。

・失踪した妻の姿を求める影のある男(とその義兄)にピンとくる方。

などにおすすめ。

*1:因習村と言ったほうがいいかもしれないが呼び方としては好まないので申し訳ない

*2:web版から加筆されているものの個人的にはもうちょっと文章盛ってほしかったところはある。