ゴダールが亡くなった。
大学の時に授業でなんか取り上げられて見た気がするなと思い出したりしたが、そういえば最近スターチャンネルで昨年亡くなったジャン=ポール・ベルモンドの特集をやっていて、「勝手にしやがれ」と「気狂いピエロ」を放送していたので意識せずなんとなくだらだら見ていたのだった。
あまりに巨匠すぎて「まだ生きてたのか」という思いが一瞬頭をよぎったが、91歳ではまず大往生というところだろう。
そう思っていたが続報で自殺幇助で亡くなったというのでこの話になる。
スイスで自殺幇助ってどういうことだろうと思って、同国ではその形の安楽死が許されていることを知った。たまたまそれで興味に引っかかって関連することを調べてみることにする。
単純に興味の調べものなので詳細なところまで手は届いていない。話題としては社会的・宗教的な議論に深く突っ込むことなのでその論点を取り上げてもいいが、いろいろ複雑なところもあるのでまとめきれず触れていないし自分の定見があるわけでもないので個人的な立場を表明するものでもない。そのうえ外国語を読むのが億劫なのでおおむね二次ソースに依っているのも勘弁されたい。大学生のレポート以下である。こんなものだよという引き写しの紹介記事だと思ってもらっていい。
安楽死? 自殺幇助?
安楽死や尊厳死の定義は想定される事態の文脈によっていろいろだが、コンセンサスという意味では明確に共有される用語法や規定が無いようである。
医師による直接的な致死注射や薬の処方による自死の幇助(総称して積極的安楽死とも言う)などが想定される*1が、医療現場での延命の拒絶による治療措置の停止(消極的安楽死)もその範疇に入ってくる。この記事では積極的安楽死の話題に限るが、第三者の手による直接的な安楽死よりはスイスの事例に基づき自殺幇助を念頭に置く。
まずはじめに各国の安楽死(尊厳死)の社会状況について確認しておく。
今世紀において国家による安楽死容認の歴史的先鞭をつけたのはスイスだった。とはいえ後述の国々とは違い、スイスにおいては独立法で安楽死が制度化されているわけではない。1940年代に制定された刑法の条文によって事実上積極的安楽死の社会的容認が為されたと言っていい。
利己的な理由で他者の自殺を誘導・手助けした場合は5年以下の懲役または罰金刑に処される
と連邦刑法115条で規定されている。
この条文の解釈により「希望者本人の意志による自死を手助けすること」は違法ではなくなった、と見られている。つまり医師などがその手で患者に薬物を注入し安楽死させることは不可*2だが、本人の希望に沿って自死するための薬を処方して手助けすることは合法なのである。
利己的な理由でというのは、例えば手を貸した報酬など金銭的な目的ではなく要請者の希望に基づいて善意でその幇助が行われたという証明が必要という意味である。そうでなければ結局死亡時の捜査が入った段階で罪に問われるということだ。後述するが、自死の幇助をする人々はこの点に注意を払って死亡時の証明のための準備もする。他人の扇動や圧力によるものでないことを本人の意思表示として残し、死に至る経過も映像記録を利用して証明する。当局はガイドラインに沿って自死の幇助が行われたことを確認し、警察の捜査上も罪に問われないことを承認する。
他国での事例はどうか。スイスの先駆的な法解釈以降、1990年代に至るまで安楽死を明確に制度化した国は存在していない。*3
1994年になってアメリカのオレゴン州で住民投票による尊厳死法の制定*4*5、1997年には南米では初めてコロンビアで終末期患者に対する自殺幇助の非犯罪化*6が行われている。
国家レベルでの尊厳死の合法化は2001年のオランダが世界初である*7。続いて2002年にベルギー*8、2009年にルクセンブルクにおいて安楽死法が制定された*9。その後もアメリカの諸州*10、カナダ*11、オーストラリアのビクトリア州*12、イタリア*13、スペイン*14、ニュージーランド*15で安楽死の法制化が行われている*16。
安楽死希望者の資格
法制化されている国々においても安楽死が許されるかどうかは厳格な要件に基づいている。望めば誰でも死ねるというわけではもちろんない。
制度上必要とされる条件はどこの国でも同じである。安易な思いつきや突発的な衝動、第三者による扇動でないことはもちろんだが要点は以下になる。
- 本人に判断能力があり明確な意思表示がある。
- 死に至る回復不可能な病気・障害の終末期で死が目前に迫っている。
- 心身に耐えがたい重大な苦痛がある。
- 苦痛を取り除く方法が他に存在しない。
無論これらの条件は何重にもチェックされ、医師による検討も入念に行われる。安楽死を求める患者が挙げる理由で最も多いのはがんだ*17*18。他には複数の疾患に罹患した患者、神経性疾患、心疾患、ALSなどである。
判断能力という点で精神疾患や認知症の患者にはこの要件は困難だという論点は存在する。「死を選びたい」という本人の言葉が正常な意思や判断によるものなのか、それとも病状による一時的な状態に起因するものなのか。処置が施された例もあり、慎重さを求めて規制された例もある*19。
安楽死のプロセス、その介助人
スイスでは自殺幇助の合法性が認められてから上記のような理由で自死を選ぶ人間の手助けをするためのNPOが複数設立されてきた*20。利用する人間は年間で1000人を越え*21、統計に漏れた海外居住者も含めるとさらに人数は増える。
「エグジット」
ドイツ語圏・フランス語圏合わせて15万人以上の会員を持つ最大の組織*22。スイス在住の人間を対象とする。
「ディグニタス」
在住者でない外国人患者を受け入れるために設立された*23。会員は約1万人。
「エクス・インターナショナル」
少人数の外国人の自死援助を行う小さな組織。
「ライフサークル」
2011年設立の新興団体。
以上のような団体が公的に存在し、自死の幇助を求める患者と医師の間を取り持っている。とはいえ援助協会と言っても要請があればすぐさま自死の手配をしてくれるわけではない。まず最初にあるのは生き続けるための他の可能性の検討である。
協会に対して要望があった場合、まず本人の意志を尊重しつつ身近な援助や必要な治療・緩和ケアを受けられないかという助言を与える。患者の希死念慮の原因がQOLの低下にあるのであれば、ターミナルケアなどによって生活の質が十分な回復を見せ、安穏とした終末期を過ごす状態と意志に変わるかもしれない。これらの団体が標榜するのはあくまでも生きる権利と死ぬ権利の主体的な選択・決定権の尊重であって、理性のない自死の推奨ではない。
そのうえで自死する意志が固ければ要望に従って自死の援助の手続きを進める。様式に従って身上書、医師の診断書等を提出し協会内の審査、協力医師による審査を経て自死用の薬の処方が可能かが判断される。制度に沿った合法的な自死の幇助であることを疑われないために本人の意思確認や書類の査定は厳しい。
ここまでに最短で数ヶ月を要するが、この段階まで来て患者には今後の日程の決定権が委ねられる。金銭を支払って自死の権利を得るのではない。スイスでの援助はあくまで自己決定権の範囲での選択肢として認められている意識なので決定権は患者側にある。実際に実行日を決め、さらに定められた回数の医師の診察を受けて事を進めてもいいし、最後の手段として保留しておくこともできる。この決定権を心理的な保険として生きていく勇気を得る患者もいる。実際の希望者でも70%はその後の実行の連絡をしてこないという。
実行に際しては協会から介助人が派遣され家族との相談、死亡後の手続きの準備など総合的な支援が行われる*24。この業務に携わる介助人は引退した医療従事者などがほとんどで、看取ったあとも残された人々へのケアを行ったりもする。準備が整えば患者は自分が決めた実行日時に自らの意思で処方された薬を服用し家族と介助人に看取られながら最期を迎える。そして当局からは用意された書類や記録に基づいてその幇助された自死の合法性が認められるという流れである。
制度への信頼と安楽死ツーリズムへの批判
スイスでの自死の選択肢は長年の経験から社会的な制度としても個人の選択肢としても現状では信頼されたものとなっている。事実何度か提起された保守的な層からの規制の提案も住民投票などで否決されてきた歴史がある。最終的な避難口としての自死が認められていることを背景に、実際には通常の方法での自殺者が減っているという調査もあるという*25。
一方で国外からの自死幇助志願者の増加は安楽死(自殺)ツーリズムとして非難の対象になっている側面もある*26*27。
それぞれの国での自殺幇助が犯罪となる以上、社会やメディアを巻き込んだ長年の法廷闘争によりその権利を得る労力を考えれば合法的に死を選ぶことができる国へ向かうほうがはるかに楽だと考えることは自然である*28。それが安易な選択になっているかどうかは実際のところがわからない。援助協会では制度は国のガイドラインの下に実施されており濫用などはされていないと発信している*29。しかし希望者の増加による自殺幇助の商業化を招く危険については現在も議論の俎上に載せられている*30。
自由な死のさらなる自由化、社会の成熟か権利の濫用か
「自由な死(Freitod)」と位置づけられるスイスの自殺幇助は現在の終末期患者に限ったものにとどまらず、これからさらに増える高齢者に向けて門戸が開かれるべきという論調もある*31。特別な理由がなくとも高齢であることを理由に、苦痛を避けるため、人生の選択権として、経済的な理由によって、など人間にとって避けられない問題のために選択肢として考慮されることが良いことなのか。携わる当事者、医師、社会の中でも賛否は様々ある。
また現在安楽死が禁止されている国々についても、主体的な死を望んでスイスへ向かう自国民とそれに手を貸すことになる人々をどう扱うことができるか国内制度の変化が迫られる。当のスイスでさえ何度か規制の動きが出ているのは上述した通りである。制度としての信頼とは別に自死の幇助が絶対化されているわけではないように見える。宗教観や倫理観との関係の下に現実との葛藤が常にあるようである*32。
*2:前114条で嘱託殺人は禁止されているので抵触するものと思われる。
*3:誤認の場合はご指摘頂きたい。関連するところでは1970年代にアメリカで植物状態の少女の延命措置の停止(消極的安楽死)に関して患者の意志に基づく自己決定の問題を提起する裁判が行われている。
*6:終末期患者以外への尊厳死合法化は2021年を待つ。《コロンビア》南米初、自死介助を合法化=本人による致死薬服用を認可=支援する医師の責任を免除(ブラジル日報) - Yahoo!ニュース
*7:12歳以上について合法。別途1歳未満の治療不可能な疾患のある乳児についてフローニンゲンプロトコル(医療的ガイドライン)に基づいた安楽死プロセスが法制化されていないが許されている。
*8:2014年に未成年者にも適応拡大するよう修正。
*9:以上3ヶ国については医師による直接的な安楽死が容認されている。オランダ・ベルギー・ルクセンブルク安楽死法の比較的研究
*10:2009年以降ワシントン、モンタナ、バーモント、ニューメキシコ、カリフォルニアで合法化。
*11:2016年
*12:2017年
*14:2021年
*15:2021年
*16:無論日本では法律上許されていないが末期患者や治療困難患者の安楽死を意図した医師による事件が発生している。消極的安楽死の事例に関しては韓国で2018年に延命治療の停止を目的とした尊厳死制度の法制化が行われた。日本国内でも現行法の範囲では患者本人の明確な意思表示、患者本人に不可能な場合は最も近い親族の意思表示があれば医師は延命治療を取りやめることができる。
*17:スイスで自殺ほう助がタブーではない理由 - SWI swissinfo.ch スイスで2020年に自殺幇助で亡くなったうちの36%ががん患者
*18:ベネルクス3国では60%以上ががん患者という統計がある。「安楽死法の比較から見えてくるもの――オランダ・ベルギー・ルクセンブルク」
*19:オランダでは意思能力が正常であったころに為された合意が有効であるとされた。認知症患者の安楽死、過去の合意で可能に オランダ最高裁 - BBCニュース
*20:柴嵜雅子「スイスにおける自死援助協会の活動と原理」2010、【スイスの安楽死(1)】5つの自殺ほう助団体、「自殺ツーリズム」、市民の意識 - NewSphere | NewSphere
*21:スイス全体の死亡者の中の1.5%程度(2019)
*22:2つの組織に分かれているが便宜上一つとした。
*23:安楽死が容認がされる国でも非居住者の外国人の処置は原則的に認められていない。スイスのみが例外である。Assisted Suicide Laws Around the World - Assisted Suicide
*24:ディグニタス著、柴嵜雅子訳「ディグニタスの活動:その営為と哲学的基礎(上)」、年間1000人超が選択 スイスの安楽死 - SWI swissinfo.chを参照
*25:スイスの自殺ほう助の現状とさらなる自由化をめぐる議論/穂鷹知美 - SYNODOS
*26:スイスへの"自殺ツーリズム"はいくらかかる?に関する医療ニュース・トピックス|Medical Tribune
*27:「自殺ツーリズム」日本人も参加していた スイスの団体の考えは?
*28:日本においてもスイスで自死の幇助を受けた人たちが存在することはニュースになっている。例えばNHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ | NHK放送史(動画・記事)
*29:別の事例だがEU域内の移動によって安楽死可能な国で死を迎えたいという患者と医師の問題。ベルギーで増える「安楽死ツーリズム」 EUに批判の声 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
*30:上掲ディグニタスにおいては他団体と比較して費用が高額なことや海外からの希望者を迎えていることから種々の問題が国際的に事件として捉えられることが多い。
*31:前掲穂鷹SYNODOS記事