妄々録拾穂抄

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ミャクミャク様信仰のある伝承について

近日Twitter上でよく知られるようになった「ミャクミャク様」であるが、土着の神の一種である、都市伝説に連なる怪異である、コズミックホラー的恐怖を備えた異形の存在である、あるいはこの先行われる万博の公式キャラクターである*1など虚実交え様々な説が飛び交っている。

いまだその正体については詳しく知られることはなく、比較的多く見られる土着信仰や怪異の説に限っても日本全国で様々なバリエーションで語られる事が多い。

ここでは民間伝承のひとつの類型として現れる、眼病治療の水の神としてのミャクミャク様の姿について紹介をしてみたい。*2

 

明治時代の堀口卯之助という人の著作に『眼病平癒信仰の伝承』というものがある。この堀口という人はまったくの在野の人であるが、父親が目の病気にかかったことを機会に関西各地の眼病に効くという寺社や神水の効能についてつぶさに調べあげ、その一部を上の書物として残したとのことである。

その中に今回取り上げる土着の治癒の神「めやく(みやく)様」の信仰に触れた箇所がある。それによるといまは廃村となっているある村*3で、堀口は以下のような眼病治癒の信仰の話に触れたという。

村の古老が言うには、かつて村では眼病や失明する者が現れると身の回り一切を清めさせ、白装束を着させると山奥の水源の近くの洞穴で三日三晩、僅かな食料の他に湧き出る水を飲み続けることで土地の神に病の平癒を祈ることをさせた。

村では病魔に関わる身の不幸を「厄」と呼び習わし*4、特に目に降り掛かった病のことを「目厄(めやく)」と言ってことさら恐れ、上に記したような方法で治癒の祈願をしたという。また盲目を含めた眼病一般の患者を盲目の「めくら*5」が訛って「めく」と呼ぶという説明を堀口は加えている。

このことから「めやく様」あるいは「めく様」と言ってこの水源にまつわる神も同様に呼んだということを記している*6

別の伝承によれば「めやく様」はもともと清流の水場に住む神であり、その姿は見る者によって違うという。*7大人が目にすることは珍しく、多くは子供が川などで遊んでいるときに現れる。その場合の姿は人の形であるが大きな目が印象に残ると会った子供たちは言う。

人に似るが人ではない姿に不気味さを覚えることはほとんどなく、子どもたちとは仲良くなりたいとよく遊んでくれるというが、あまり仲良くなりすぎると神隠しに遭うとも言われている。山で遭難したり川の事故で見つからない者がいると「めやく様に連れていかれた。」と言ったそうである。*8

そのような「めやく様」もいつの頃からか眼病の治療をしてくれる神として湧水の源に祀られることになった。*9果たしてその祈願で実際に眼病が治ったかというと、古老の言ではよく治りそのたびに村人は「めやく様」への信仰を篤くしたという。

堀口は実際にその「めやく様」の湧水を求めたが、場所は村の者以外には教えられないという由で、話は聞けたものの場所そのものはついに知ることができなかった。そして先述の通り村は廃村となり、今はその場所を知るものは一人もいなくなった。

 

またもう一つ堀口が記すのは、熊野の山中にあったある村の「みやく様」という神のことである。この「みやく様」も湧き水の源に宿る神であり、目の病に効く神水をもたらす神であった。「みやく様」とはそのものずばり「御薬様*10」と書き、その水を日に三度、三晩の間*11飲み続けると不思議とどんな目の病も、失われた視力さえ奇跡のように治るというものである。

「みやく様」の事の起こりははるか昔にこの熊野山中で修行をしていた僧*12が、厳しい修行の果てに生死の境をさまよった際に湧水にたどり着き命を長られた。それに感謝した僧が山の神に祈り、誰もがこの水にたどり着け利益を得られるように願ったところそれに応えて枯れることなくずっと湧き続けるようになったとある。以来この村では眼病が起これば「みやく様」の水に頼るようになったそうである。

ここで挙げたのは2つのみであるが、他にも探せば同様の神の伝承はいくつも出てくると堀口は続けている。不思議なことに関西には眼病に効く神の霊験の逸話が多々存在する。例えば来目皇子*13が幼少の頃眼病を患い、両目を失明したが聖徳太子のお告げによって薬師如来*14に祈願したところ平癒した話。あるいは空海が杖で突いたところから湧き出た弘法水*15と呼ばれる霊水の話。

少し想像を巡らせれば眼病の治癒の神であるミャクミャク様の伝承と、それらの伝承も何らかの関係が見えてくるだろう。例えば薬としての水を与えてくれる「御薬様」は法薬を与えてくれる薬師如来とつながるところがある。本地垂迹の説を考えればミャクミャク様の本地仏には薬師如来が想定されていたかもしれない。そして薬師如来密教とも繋がりが深く、熊野の近縁に空海に繋がるミャクミャク様の伝承が見られるのも不思議ではなくなる。日本全国に存在するミャクミャク様の伝承にも各地の霊水や病気治癒の伝承と繋がるものがあるかもしれない。

最初にも書いた通りミャクミャク様の正体には多くの謎と多くの姿が存在する。ここに記した姿もただ一面の姿でしかない。大きなその謎に興味は尽きないがここで稿を終えることにする。*16

*1:

https://twitter.com/expo2025_japan/status/1549008586986164225

*2:時事に乗っかったネタなので無論真に受けないように

*3:関西地方某県の山中としか記されていない。

*4:身に厄がつく、身厄がつくなどと言ったという

*5:現在では差別語となるので気をつけられたい

*6:子どもたちはうまく言えず”みゃく様”などと訛って呼んでいたという。ミャクミャク様の源のひとつか

*7:獣や鳥のような姿、草木のような姿のときもある

*8:別の伝承には目を持っていかれるなどもある

*9:なぜ目なのかは探り当てられなかったと堀口は書いている

*10:近隣の伝承では命薬様(みょうやくさま)と伝わるところもある

*11:めやく様の儀式にも三日三晩とあり、3という数字がミャクミャク様の伝承にはよく現れるようである

*12:後述するがこれは空海のことではないかと言われている

*13:飛鳥時代の皇族で用明天皇の子

*14:薬師如来病を治す法薬を与える医薬の仏として信仰を集める

*15:弘法水の逸話は日本各地に存在し、病気快癒の効果が多く語られる

*16:おもしろそうなネタがあれば書き足してみたい